COLUMN コラム

現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2022.03.01

前回の記事では、現象をありのままに観察することの難しさと、自分の認知の限界についてお話をしました。今回の記事では、どのようにすれば、そのような難しさや限界があるとしても、ありのままを観察することに近づけるのだろうかということを考えたいと思います。

今回の記事の位置付けとしては、前回から引き続き、改善・イノベーションの2つ目のプロセスである「メタ意識の活用と現象の観察」に関する内容となります。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?

複数の観察モードを持つ
ありのままを観察するときに、大切になることは複数の観察モードを持つことです。

「複数の観察モードをもつというは、観察する側の意図が入り込んでおり、ありのままとは言えないのではないか?」

このような疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。おっしゃる通り、観察モードを意図的に変えていくという時点で意図が入り込んでいますね。

しかし、前回の記事の「群盲象を評す」という話を思い浮かべてください。いずれにせよ、一人が認識することには限界があるということを前提とすれば、複数の観察モードをもつことによって、ありのまま(象そのもの)を捉えることに近づいていきたいと考えることもできるのではないでしょうか。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
認識するということにはそもそも限界があるのだから、限界があるもの一つに頼るのではなく、複数の方法を持ち合わせようという発想に近いですね。

では、どのようにすれば複数の観察モードをもつことができるのかについてお話しします。

まずは、2つの視点を意識します。喜怒哀楽のある自分自身の視点と、その自分を含めた事象全体、ストーリー全体を見守るメタ的な視点です。映画のメタファーを用いれば、俳優視点と映画監督の視点です。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
例えば、自分が提案した内容をお客様に納得していただくことができて、自分が嬉しいと感じているとします。「お客様が深くうなづいてくれたから、嬉しかった」という具合に感じているのは自分自身の視点(俳優視点)です。それを少し俯瞰した立場から見ると、「自分という営業担当者とお客様の間で共感が生み出されていくプロセス」という見え方になるかもしれませんね。これがメタ的な視点(映画監督の視点)です。

3つの観察モード
この俳優視点と映画監督の視点を用いて、複数の観察モードを持ちます。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
一つ目の観察モードが主観的観察です。これは、自分という俳優視点であり、自分の体感覚や感情や判断を伴った観察のモードです。

二つ目の観察モードが俯瞰的観察です。これは、自分を含めた事象全体を俯瞰する映画監督の視点であり、自分の体感覚や感情や判断を伴わないものです。といっても、自分自身の感覚と完全に切り離すことは難しいので、「なるべくその状態に近づくように努力した状態」とご理解いただければと思います。

ここまでは、先ほどの俳優視点と映画監督視点と同じですが、実はもう一つの観察モードがあります。この観察モードの感覚が掴めると、現実の捉え方の質感が変わってきます。

その三つ目の観察モードは、純粋経験的観察です。純粋経験とは、哲学者西田幾多郎の言葉です。

純粋経験(西田幾多郎による定義)
豪も思慮分別を加えない、真に経験そのままの状態

善の研究(西田幾多郎)

俯瞰的視点と同様、あるいは、それ以上に純粋経験を実践するのは難しいことです。前回の記事の最初のりんごの例を思い返してください。あの写真をみたその瞬間に「りんご」という判断をしてしまいますね。りんごの例における純粋経験というのは、「りんご」という判断を加える前の「赤い光」をそのまま捉えている状態と言えばいいでしょうか。

このような捉え方をすることは簡単ではありませんが、判断することをなるべく保留することによって、「なるべく純粋経験的に観察することを努力した状態」として、この純粋経験的観察をご理解いただければと思います。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
このように、純粋経験的観察というのは、その観察の対象そのものに憑依をして、その観察対象の主観になりきって捉えていくというイメージになります。その対象が人であれば、「その人の主観的事実そのものを感じる」ということになります。また、対象がモノであれば、「そのモノになりきる」というイメージでしょうか。

以前の記事で、戦略ストーリーを創出する際に大切となる「顧客の現実を知る」というテーマでお話ししたときに、エスノグラフィーをするということをお伝えしましたが、これも純粋経験的観察の一つです。

過去記事:「顧客にとっての現実を知るとはどういうことか?」

主観的観察をするだけではなく、映画監督視点から俯瞰的観察をすると共に、他者からみた主観的事実を純粋経験的に観察すること、事象そのものを判断を保留して純粋経験的に観察すること、という複数の観察モードを持ち、それらの観察を総合して、「群盲象を評す」における「象」にあたる「事象そのもの」を捉えようとするというイメージになります。

複数の観察モードをもつことの大切さ
私自身、複数の観察モードを持つことの大切さを痛感した出来事があります。

以前にもお伝えしましたが、当社では法人向けの社員育成サービスを提供していますが、感染症拡大をきっかけに、オフラインでの実施が難しくなったため、一気にサービスのオンライン化を進めました。そのスピード感はよかったのですが、業務が増えた上に業務プロセスが複雑になったことで、現場の疲弊感や、新規入社者のオンボーディングの難しさなど、様々な問題が表出していました。

私の目から見れば、エンゲージメントスコアが下がったり、新規入社者が当社の業務に慣れるまでの時間がかかるという事象が発生しており、それは業務プロセスが複雑になってしまったからだという具合に見えます。(主観的観察)

この主観的観察だけで判断しようとすると、複雑になった業務プロセスを清流化すればいいだろうという発想になります。そして、私自身、実際にそのようなプロジェクトを立ち上げました。

しかし、そのプロジェクトを立ち上げて、プロジェクトメンバーと話をしている中で、自分が見えていないことがあることに気づきます。それは、私が「業務が複雑になったので、それを清流化しましょう」という話をしたときに、その業務を実際に担当してくれているKさんの反応が良くなかったからです。

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
業務が清流化すれば、Kさんの業務も楽になるはずなのに変だなと思うと共に、これは何か自分が見えていないことがあるに違いないと確信します。

そして、Kさんになるべく憑依をして、Kさんがどのような感じで業務をしているのか、複雑化する業務に対応してきたのか、それをどのように改善しようとしているのかを感じ取るようにしました。私だけではなく、プロジェクトメンバー全員で、「Kさんの困りごとを解決しよう」ということを合言葉に、Kさんの主観的事実をありのままに捉えることにしました。(純粋経験的観察)

そのプロセスを経る中で、当初自分が見てきたことは全体の一部にしか過ぎず、自分が見えていなかった大小さまざまな課題があることに気付き、それらの課題が相互に絡みあっていることに気づきます。(俯瞰的観察)

アルー代表取締役 落合コラム 現象をありのままに捉えるためにはどうしたらいいのか?
どの観察モードが正しいとか、正しくないという話ではありません。どれも事実です。そして、これら複数の観察モードを通じて、そこはかとなく見えてくるものが、「群盲象を評す」における「象」にあたるものだと言えます。

今回の記事では、改善・イノベーションの二つ目のプロセスである「メタ意識の活用と現象の観察」についてお話ししました。次の記事では、三つ目のプロセス「観察のフィルター調整」についてお話しします。

落合文四郎blog
2022.03.01