COLUMN コラム

改善とイノベーションを同じに扱って良いか

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2022.02.15

前回の記事では、改善・イノベーションのプロセスの全体像をお伝えするとともに、その最初のプロセスとなる「①目的・進め方の直感と決断」についてお話ししました。その中で、改善・イノベーションを実践するにあたっては、「どの範囲において」ということを自覚的に問い、選択することが必要ということをお伝えしました。

この記事では、この範囲の選択について具体事例を用いてお話しするとともに、範囲の選択の際に留意しておくべきことについてお伝えしたいと思います。

当社のストーリー:エンゲージメントスコアの低下
2020年の12月、人事チームとの定例会議において「社内のエンゲージメントが低下している。対策を検討する必要がある」という報告を受けました。当社では、半年に一度エンゲージメントサーベイを実施しており、2020年下期のサーベイ結果がでてきたタイミングでした。

その報告内容を見ていると、確かにエンゲージメントスコアが5段階の平均点で、0.2-0.3ポイント低下していました。そのときに、人事チームと一緒に対策を議論していましたが、私の中には以下のような相反する思いがせめぎ合っていました。

(A)感染症拡大によってオンライン化を急遽進める必要があり、現場での業務負荷が高まり、多くの人が疲弊感をもつようになった。これは経営としての意思決定の結果であり、そこに責任を感じる。
⇅(相反する思い)
(B)一方で、オンライン化をスピーディに進めていくことは、今から振り返っても、やらざるを得なかった意思決定であった。この状況においては、他の選択肢はなかったように思える。致し方がなかったのではないか。

(C)これは組織の課題であり、エンゲージメントを高めるための施策を人事チームに考えてもらうべきである
⇅(相反する思い)
(D)これは経営の課題であり、もっと言えば、経営陣の意識から端を発している問題の一つかもしれない。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
正直に言えば、私の中で大勢を占めていた思いは(B)と(C)です。一言で言えば、「仕方がなかった話なので、この課題への対処を人事チームに考えてもらおう」という考えです。

しかし、「本当にそうだろうか?」「自分が見えていないことがあるかもしれない」という思いも、心の中にひっかかるようにありました。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
そこで、このエンゲージメントスコアの低下という事象を、どの範囲の課題として捉えるべきかという問いを持ちながら、定常的に実施している1on1において意見を聴きました。その中で、急激な環境変化の中で、精一杯頑張っている一人ひとりのストーリーをたくさん聞きました。

お客様がオンラインで実施するか、オフラインで実施するか最後まで悩んでいて、方向性が二転三転する中で、研修実施の直前まで真摯にその対応をしていた営業担当者。

オンライン化された業務フローが定まっていない中で、業務の抜け漏れがあってはいけないと考え、全てのオンライン研修の一覧をつくり、業務の抜け漏れをチェックして、社内にアラートを立ててくれていた開発担当者。

たくさんのキャンセルや日程変更の案件に対する事務手続きを、状況が二転三転する中で、正確かつスピーディに対応してくれていた営業事務担当者。

このような話を聞くなかで、「エンゲージメントスコア低下は、小さな課題ではなく、自分のメンタルモデルからでている大きな問題の一つである」と感じました。上記の(A)と(D)で捉えるべき話、すなわち「経営陣の意識・メンタルモデルが発端となっている全社的な問題のひとつ」として捉えるべきことであることを確信します。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
このように課題の範囲を大きく設定した上で、経営陣の意識のレベルの問題として捉え、私自身の考え方や捉え方を見直していくとともに、経営陣の中で危機意識を共有して、全社の課題としてさまざまな施策に取り組みました。その取り組みはまだ途上ではありますが、イノベーションレベルというものではありませんが、単なる改善というレベルではない「変革」が社内で起こりつつあることを実感しています。

認知の限界への自覚
この出来事を通じて、改めて感じたことは、「自分の認知には限界がある」という事実と、「常に自分の認知の限界に自覚的であること」の大切さでした。

これらは、言われてみれば当たり前のことではあるのですが、いざ当事者になってみると、この記事の事例でお話ししたような葛藤、もう少し言えば「自分の都合のよい解釈」のようなものがでてきてしまい、自分の認知の枠内で捉えたくなってしまいます。

先ほどの当社の事例において「仕方がなかった話なので、この課題への対処を人事チームに考えてもらおう」という考えで臨んでいたならば、今、社内で具現化しつつある変革は生まれなかっただろうと思います。

このプロセスを振り返ると、「人事チームが、エンゲージメントスコア低下という課題意識を共有してくれたこと」「1on1において、急激な環境変化の中でがんばっている一人ひとりのストーリーを教えてもらったこと」という、周囲の人からの意見があったことも有り難いことでした。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
自分の認知の限界にほんの少しだけ自覚的であったことと、このような周囲の人からの意見具申があったことの両方が相まって、社内における変革に結びつけることができつつあるのだと振り返っています。

コンピテンシートラップ
ここまで、当社のストーリーをお話しして、自分の認知の限界を自覚することの大切さについてお話ししました。認知の限界の話に関連して、改善とイノベーションの範囲を設定するときに留意するべきことをお話ししたいと思います。

皆さんは「両利きの経営(ambi-dexterity)」という言葉をご存知でしょうか。詳しくはこちらの書籍をお読みいただければと思いますが、簡単に言えば、「新しい可能性を模索すること(知の探索 exploration)と、これまでやってきていることをさらにうまく行おうとすること(知の深化 exploitaiton)を両立させること」を指します。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
ここでポイントとなることは、知の探索は、自分(たち)の認知の外にでることなので、成果を生み出すためのコストやリスクが高く、企業は知の深化に傾斜しやすいということです。その結果として、知の探索が不十分となり、中期的なイノベーションができなくなります。

なぜ、この話をご紹介したかと言えば、改善・イノベーションの範囲を設定するときに、イノベーション(大きな変化)よりも改善(小さな変化)を志向するバイアスが働くということです。すなわち、小さく範囲設定するインセンティブを常に持ってしまうことに自覚的になる必要があるということです。

アルー代表取締役 落合コラム 改善とイノベーションを同じに扱って良いか
当社の事例は、イノベーションという文脈で語るほどの事例ではありませんが、そのような身近な事例の中でも「小さく範囲設定したくなるバイアス」が私自身に働いていたことは、先ほどのお話しした通りです。

改善とイノベーションは、「意図的に変化をしていくこと」という点においては同じですが、普段の企業活動・組織活動においては、イノベーション(大きな変化)よりも改善(小さな変化)に偏る傾向があるということに注意が必要です。

今回の記事では、改善とイノベーションの範囲を設定するときに、留意するべき点について具体事例と共にお話しました。次回の記事では、改善・イノベーションプロセスの2つ目となる「メタ意識の活用と現象の観察」についてお話ししたいと思います。

落合文四郎blog
2022.02.15