COLUMN コラム

その問題意識に「問い」はあるか?

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2022.01.13

前回の記事では、「改善・イノベーション」の章の始まりとして、「意図して変化していくこと(変化しないこと)」の大切さについてお話ししました。今回は、改善やイノベーションにおける問いの大切さについてお話しします。

改善とイノベーションの関係
まず、改善とイノベーションという言葉が並んでいることに違和感をもたれる方もいらっしゃるかもしれませんので、この二つの扱いについて簡単にお話しします。

結論からお伝えしますと、意識の意識化の観点からは、本質的には同じことと捉えています。今後の記事で詳しくお伝えしますが、「意図した変化を起こしていくこと」という観点では同じであり、「どのレベルまで深堀りして、変化を起こしていくか」が違うだけであると捉えています。

それぞれの言葉の定義を示します。

改善の定義(落合の考え)
メタ的(多次元・多角的)に事象の構造・背景を捉え、同時に真に「ありたい姿」も捉えた上で、改善ストーリーを導出し、決断すること

イノベーションの定義(落合の考え)
「ありたい姿」の実現に向けて、具現化と理念化の往復運動を繰り返し、チームで高速で改善することによって現状から発展した姿を結晶化させること

どちらの定義も、「ありたい姿(ヴィジョンなど)」に向けて、現状から意図的に変化を起こすことについては同じですね。本章においては、特段の区別がない場合は、改善とイノベーションについては、同列に扱っていきます。

その問題意識に「問い」はあるか?
漠然とした課題意識と「問い」の違い

将来のありたい姿を捉えた上で、現状とのギャップを的確に認識し、意図をもって「どう変わるか?」に向き合うのが、改善・イノベーションです。

変化を起こすためには、自ら変わろうとしなければ始まりません。何も意識せずにいると、今までやってきたことを維持するマインドになりやすいものです。

では、変わろうとするとは、具体的にどうすることでしょうか?

改善・イノベーションは、最初のステップである「問い」をいかに適切に立てられるかにかかっていると私は思います。

なぜなら、「問い」は、その人が何を課題と捉えているか、何を変えなければいけないと認識しているか、さらに言えば、どのような願いを持っているかを表すものだからです。

うまく変われないパターンとしては、問いの立て方が適切でない場合もあれば、そもそも問い自体が立っていない場合もあります。すなわち、何を解決するべきかの認識が間違っている、あるいは、何を解決すべきか特定されていない、ということです。

逆に、問いがきちんと立てられれば、改善・イノベーションのプロセスは自然に回り始める、と言っても過言ではありません。

私自身、「今、自分はどのような問いをもっているか?」ということを自問します。このように自問することで、漠然とした課題意識に光を当てることでき、それを問いに変換することができます。

また、私は当社の役員・部長の方々と定期的に1on1をしていますが、私からよく尋ねる質問は「いま、どのような問いがたっていますか?」というものです。この質問は、役員・部長の方々がもっている課題意識を共有してもらうと共に、ご本人の中での漠然とした課題意識を問いに変換することに役立っています。

その問題意識に「問い」はあるか?
「課題の親玉」に対する問いを立てられるか?
「問い」を立てることの難しさについて、当社の課題を例にお伝えします。

当社では法人向けの社員育成サービスを提供していますが、感染症拡大をきっかけに、オフラインでの実施が難しくなったため、一気にサービスのオンライン化を進めました。そのスピード感はよかったのですが、業務が増えた上に業務プロセスが複雑になったことで、現場の疲弊感や、新規入社者のオンボーディングの難しさなど、様々な問題が表出していました。

問題の背景を探っていくと、様々な要素が複雑に絡まり合っていることがわかってきました。それを整理したのが次の図です。

(中身を細かく見ていただく必要はありません。課題の複雑さをご理解いただければ大丈夫です)

その問題意識に「問い」はあるか?
このような整理においては「課題の親玉」、つまり根本的な課題を見つけることが重要です。「課題の親玉」を解決できなければ、同じような問題が繰り返し起きてしまうからです。

この図では、赤い印をつけているのが「課題の親玉」です。具体的には「経営陣の意識」のように、企業文化や風土の根幹にかかわるものを「課題の親玉」としています。

このとき、たとえば、このケースにおいて「低下したエンゲージメントを改善するには?」のように、原因と結果の関係において結果に近い課題に対する問いを立ててしまうと、対処療法の施策しか発想できません。

上司と部下の面談の機会を増やしたり、社員同士の交流が活性化するイベントを実施したりすれば、エンゲージメントのスコアは上がるかもしれません。

しかしこれでは「課題の親玉」には全くアプローチできておらず、問題が根本解決しません。さらに言えば、仮にエンゲージメントのスコアが上がるという成果が出てしまうことで、「課題の親玉」に気付く機会を逃してしまうリスクもあります。

ここで注意が必要なのは、エンゲージメントがどんな場合においても結果的な課題であるという話ではありませんし、結果的な課題であるからといって重要ではないという話でもありません。(実際に、エンゲージメントは、当社にとって重要課題の一つです。)あくまでも、因果関係において、どちらがより根幹の原因に近いもので、どちらが結果に近いものかという話になります。

このケースの場合、「課題の親玉にアプローチする問い」は、「経営陣の意識をどう変えるべきか?」といったものになります(他にもあります)。経営陣の意識のあり方が、いろいろな意思決定を生み出し、その意思決定が結果を生み出していくという因果関係があるので、課題の親玉の一つとして、経営陣の意識を挙げています。

「問い」の立て方によって、解決策の内容もインパクトも全く変わってきます。

その問題意識に「問い」はあるか?
「問い」とは、モノの見方である
さらに重要なのは、その人の「見えている範囲」によって、問いは変わるということです。

物事の表層しか見えていない場合は表層的な問いになりますし、深層まで見えている場合はより根本的な問いが出てきます。そもそも「経営陣の意識に根本的な課題があるかもしれない」という見方をしていなければ、「経営陣の意識をどう変えるべきか?」という問いが出てくることはありません。

つまり、改善・イノベーションにおいては、それに携わる人のモノの見方が問われているのです。

その問題意識に「問い」はあるか?
そして、このモノの見方というのは、課題となっている事象を具体的に見たことがあるかどうかという具体レベルの話だけではなく、その課題と背景となっている構造や因果関係という必ずしも目に見えないものを認識しようとしているか、あるいは、そのような構造や因果関係を生み出す関係者の考え方や価値観という目に見えないものを捉えようとしているかということが問われます。

このような意味でも、「どのような問いをもっているか?」ということを自問したり、自分が所属するチームの中で共有したりすることは有意義であると思います。自分(たち)のモノの見方を自己客観視することができるからです。

今回の記事では、改善・イノベーションの始まりは問いを持つことであるということ、そして、問いとはモノの見方であるということをお話ししました。次回からは、モノの見方という観点から、改善・イノベーションについて深めていきます。

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2022.01.13