COLUMN コラム

なぜ、いい戦略を学んでもいい戦略をつくれないのか?

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2021.09.16

みなさんは「いい戦略とは何ですか?」と問われたらどのように答えますか?

ヴィジョンの実現につながる戦略、競合に対して勝てる戦略、儲かる戦略など、いろいろな答えが思い浮かびます。

また、「あなたは、いい戦略をつくるために何を意識していますか?」と問われたらどうでしょうか?

なかなか答えるのが難しいかもしれませんね。

戦略とは何か、いい戦略をどのようにつくればいいか、についての書籍はたくさんあります。これらの書籍を読んで学んだことがある方もいらっしゃるでしょう。しかし、自分を主語にして、「自分が、いい戦略をつくるにはどうすればいいか?」という問いに対しては、途端に答えられなくなってしまう感覚を持ちます。

いい戦略の要諦を学んだり、他業界のいい戦略の事例を知ったとしても、自社にとってのいい戦略をつくることができるとは限りませんし、自チームや自分にとっての戦略をつくることができるとも限りません。

いい戦略を「理解する」と「つくる」の間には、決定的な断絶があります。

この記事から始まる章では、いい戦略を理解することとつくることのギャップについて課題意識を持ちながら、意識の意識化の観点から戦略について深掘りしていきたいと考えています。

戦略とは何か?
まず、戦略の定義を確認しておきましょう。戦略の定義については、経営学者の方々によるいろいろな定義がありますが、私は次のように定義しています。

戦略の定義(落合の考え)
蓋然性と発展性のある、ヴィジョン(将来像)の実現ストーリー

※ストーリーとは、固有の意思をもったステークホルダーが織り成す物語

山登りのメタファーを用いるならば、戦略とはヴィジョン(目指す将来像)に向けた「山の登り方」と考えます。ヴィジョンが山の頂上だとして、登り方には様々な選択肢があります。最短ルートで駆け抜けるのか、景色を楽しみながら登るのか。少数精鋭のプロだけで登るのか、仲間を集めながら登るのか、といったバリエーションが無数に存在します。

その無数に存在するバリエーションの中から、自分たちの意思としてどのような登り方を選択するのかが戦略と言えます。

この図はヴィジョンと戦略とゴールの関係を山登りのメタファーを用いながら示したものです。ヴィジョンは、登りたい・登るべき山を示します。戦略は、その山にどのような道のりで登るかを示します。そして、ゴールは、その道のりにおいて、どの時点で何合目にいたいかを示すものです。

このように捉えると、戦略は、中長期的なヴィジョンと、短期的なゴールをつなぐものとみなすことができます。戦略を自分なりに描けることによって、今目の前で手がけていることと将来のありたい姿のつながりをありありと感じることができるようになります。これは、会社という単位で捉えることもできますが、事業や、部署、チームという単位で捉えることもできますし、個人という単位で捉えても同じことが言えます。

戦略にまつわる誤解
いい戦略を「理解すること」と「つくること」のギャップについてお話しましたが、このギャップを生み出してまう戦略にまつわる誤解についてお話ししたいと思います。

(誤解1)戦略は、事業(コト)のみを記述する

戦略に関する書籍を読むと、その多くが事業(コト)のみについて言及しているものが多く、組織や人について書かれていることは少ないことに気づきます。組織や人について書かれていたとしても、戦略を実行するためのリソースとしての組織や人という捉え方であることが殆どです。

これは一面的な見方であり、本来の戦略とは、一人ひとりの人のエネルギーや主体的真理が不可分のものです。従って、戦略とは、事業(コト)のみの記述だけではなく、一人ひとりのエネルギーや主体的真理を出発点とした人や組織(ヒト)の記述が必要であり、コトとヒトが表裏一体のものとして記述されたものである必要があるでしょう。

(誤解2)まず戦略があり、組織や人は戦略に従う

先ほどのお話した通り、戦略には、コトとヒトの両側面があります。このコトとヒトが表裏一体のものであり、相互作用をしながら発展していくストーリーが戦略であるとも言えるでしょう。その観点からして、「組織やヒトは戦略(この文脈ではコトをさす)に従う」というのは一面的な見方です。

ヒトとコトは表裏一体、相互作用しながら同時発展していくような関係です。そして、さらに踏み込んで言うならば、そのような表裏一体的な関係であることを前提としながらも、どちらがより根源的かと問われれば、ヒトのエネルギーや主体的真理が根源であり、コトはその結果として立ち現れるものであるという考えを私は持っています。

(誤解3)戦略は、静止画である

「戦略は静止画である」ということを思っている人は少ないかもしれませんが、セグメンテーション・ターゲッティング・ポジショニング(STP)などに代表されるようなフレームワークのことを戦略であると思っている人は少なからずいるように思います。STPのようなフレームワークは、ある一時点を切り取った静止画的な捉え方であると言えます。

このような静止画的な捉え方も一面的な見方であり、本来の戦略とは、時間的に発展していく動的なストーリーになるはずです。STPのような見方が間違っているという話ではなく、STPで記述されるような差別化された競争優位が確立している状態を生み出すためには、まずAということをやり、次にBを実現して、そしてCという状態にしていく、というような時間的に発展していく動的なストーリーがあるはずです。

(誤解4)戦略は、リーダーのみが構想する

「いい戦略とは何か?」について何らかのイメージを持てたとしても、「自分がいい戦略をつくるにはどうしたらいいか?」という問いに答えにくいということは、戦略というものが、経営者や事業責任者のような一部の人がつくるものという誤解があるように思います。戦略と、目の前で自分が手がけていることにギャップがあり、自分とは少しかけ離れたものであると感じている人が少なくありません。

戦略とは、リーダーのみが構想するものではなく、全員が考えるものです。戦略とは、全社レベルのものがあるだけではなく、事業、部署、自チーム、自分というそれぞれの視点でお互いに関連しながら描かれるものです。

そして各レベルにおける戦略は、各レベルの責任者が一人で描くというものではなく、チームメンバーと共創するものです。

戦略を描くときの体内感覚
いい戦略を「理解すること」と「つくること」のギャップを生み出してしまう、戦略の誤解についてお話しをしてきましたが、もう一つこのギャップを生み出す要因があります。

それは、「戦略を理解する」ときには、それがマクロ的・結果的・積分的な表現が用いられることが多いのに対して、「戦略をつくる」ときには、ミクロ的・原因的・微分的な感覚が伴う必要があるが、それを記述しているものは少ないということです。

スポーツ(ゴルフなど)を教えてもらうときに、外形的なフォーム(スイングの仕方など)について指摘をされても、それをうまく再現できない、あるいはしっくりこないという経験をされたことはありませんか?

それは、スポーツにおけるフォームというものが、マクロ的・結果的・積分的なものであるのに対して、自分の身体を動かす時にはミクロ的・原因的・微分的な体内感覚が必要だからです。前者のみをアドバイスされても、後者の感覚についてのヒントがないと、うまく再現することができません。

このスポーツの例と同じで、戦略においても、いい戦略についての外形的な要件を理解したとしても、いい戦略をつくる体内感覚を捉えないと、いい戦略をつくることはできません。

では、どうすれば戦略をつくる体内感覚を捉えることができるか?

それは「意識の意識化」をすることです。これまでの記事でも繰り返しお伝えしていますが、意識は現象の根源です。意識が行動につながり、行動が現象が現れる原因となり、それが財務結果などの結果を生み出します。

ですから、戦略をつくる体内感覚をもつというのは、「戦略をつくるときの意識を意識化すること」という命題に置き換えることができます。

この記事から始まる「戦略」をテーマとする章においては、意識の意識化の観点から、「いい戦略をどのようにつくるとよいのか」についてお話ししていきます。

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2021.09.16