COLUMN コラム

ヴィジョンを閃く(ひらめく)ためには何が必要か?(ヴィジョンの構想プロセス②)

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2021.08.26

前回の記事では、ヴィジョンの構想プロセスの冒頭部分として、①主体的真理から始めるということと、②意識の自然な流れと意識の偏在とのギャップに注目するということをお話ししました。

今回の記事では、ヴィジョンの構想プロセスの続きをお話しします。

③問いを立て、直感を活用する
①主体的真理につながりながら、②世の中の集合的意識の流れと偏在に目を向けたならば、いよいよヴィジョンを導出するための問いを立てて、直感を活用します。

3+1意識モデルにおいては、直感意識を活性化するということに相当します。直感意識とは、「直覚的に、本質や真理、生命(いのち)や愛の存在を感じる意識」のことであり、一言で言えば「一(いち)なるものに統合する意識」です。

この「一(いち)なるものに統合する意識」が、ヴィジョンの導出をする主役を担います。

ところで、ヴィジョンを構想しようとして、市場や競合の分析などをたくさん行ったのに、導出されたヴィジョンが、何か空虚な感じがしたり、自分たちとの心的な距離を感じたり、どの会社も掲げていそうな当たり前のものになってしまったという経験はないでしょうか。

市場や競合の分析が無駄という話ではありません。ヴィジョンを構想するための1つの材料として役立ちます。しかし、ヴィジョンは、市場や競合などの分析の積み重ね、あるいは、そこから論理的に導出されるものの延長にはありません。これらの分析や論理的な導出から導きだされるものは、いくらかの明確化や新しい示唆をもたらすものかもしれませんが、新しいものを創造するワクワク感のあるヴィジョンにはなり得ないのです。

思考意識は、物事を「分ける」ことによって理解する方向性を持つのに対して、直感意識は物事を「統合する・総合する」ことによって1つのイメージとして捉える方向性を持ちます。ヴィジョンの構想には、思考意識だけではなく、直感意識の働きが不可欠なのです。

導出されたヴィジョンがつまらないものになってしまう原因の多くは、思考意識のみでヴィジョンを導こうとすることにあります。

ヴィジョンの導出において直感を働かせることが大切であることはご理解いただけたのではないかと思いますが、ではどうすれば直感を働かせることができるのか、という疑問が湧きます。

結論から言えば、 直感は問いによって活性化します。

直感は物事を総合する・統合することによって1つのイメージとして捉える方向性(統覚作用)を持ちますので、それが活性化しやすい問いを立てることがポイントとなります。

具体的には、以下のような問いの立て方を意識することで、直感意識が働きやすくなります。

A.内発的動機とのつながり
▼どうありたいか?

B.大いなるものとのつながり
▼本質的な原理・原則は何か?
▼社会や周囲のために、何ができるだろうか?
▼世の中は自分に何をさせたがっているだろうか?

C.矛盾の統合
▼どうしたら、XとYという矛盾を統合することができるだろうか?

具体的な例を用いて説明しましょう。上記Cの「矛盾の統合」の問いをたてることで、直感意識が働きやすくなることを体感頂ければと思います。次の2つの問いのうち、どちらの方がユニークなアイディアが湧きやすいでしょうか?

X. 快適なカフェはどのようなものか?

Y. 怪しげな雰囲気だけど、快適なカフェはどのようなものか?

Xのカフェはイメージしやすいかもしれませんが、どこにもありそうなカフェが思い浮かぶのではないでしょうか。Yのカフェは、最初は、なかなか想像しにくいかもしれませんが、少しイメージを膨らませてみると、例えば、店員さんが海賊の格好をしていて、お店の真ん中に海を模したプールがあるようなカフェを思い浮かべたりすることができますね。

このように、Yの問いの方がユニークなアイディアが浮かびやすいのではないかと思います。その理由は、Yの問いは一見矛盾する要素(怪しい⇄快適な)が含まれているために、「一(いち)なるものに統合する意識」である直感意識が働きやすいからです。

この問いの例と同様に、 いいヴィジョンを構想するためには、直感意識を活性化する問いをもつことが大切です。

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いいヴィジョンを構想するための、直感が降りてきやすい問いの構造は、上図のようになります。全体を俯瞰した上で、一なるものを見出しつつ、自分の内発的動機(主体的真理など)につながるような問いを立てます。

具体例として、私が学校教育について何らかのヴィジョンを考えている状況としましょう。

私の主体的真理はこのように表現できます。

【私自身の主体的真理(を最大限純度高く表現したもの)】
本質追求による大いなるものとの一致感

学校教育に関する世の中の意識の自然な流れと、意識の偏在について次のように捉えたとしましょう。

意識の自然な流れ・・・外面に正解があって、その正解を導出する方法を効率的に習得するという教育ではなく、一人ひとりの好奇心やありたい姿を大切にして、周囲や社会と調和しながら生きていく力を涵養するような教育が必要なのではないか

意識の偏在・・・総合的な学習などの取り組みはやっているものの、外面にある正解を導出する方法を効率的に習得するという前提は変わっていない。

この状況において、直感意識を活性化するような問いの立て方は次のようになります。問いの立て方のプロセスをご理解いただきやすいように、上図の問いの構造に忠実に記載しますので、かなり冗長な表現になってしまうことをお許しください。みなさんが問いをたてるときは、このエッセンスを掴んでいただき、シンプルに表現された問いをもつことをお勧めします。

【意識の流れ】
▼外面に正解があって、その正解を導出する方法を効率的に習得するという教育ではなく、一人ひとりの好奇心やありたい姿を大切にして、周囲や社会と調和しながら生きていく力を涵養する教育が必要という流れに対して、
▼外面にある正解を導出する方法を効率的に習得するという前提はあまり変わっていないという状況において、

【一(いち)なるものを見出す】
子供一人ひとりが、自分の好奇心やありたい姿を大切にして、周囲や社会と調和しながら生きていく力を習得できるようになるために、

【内発的動機(主体的真理)につながる】
本質追求による大いなるものとの一致感という自分の主体的真理は、どのように開花・結実するだろうか?
(世の中は、「本質追求による大いなるものとの一致感」という主体的真理をもつ自分に、どうさせたいだろうか?)

この内容をシンプルに表現すると次のようになります。

外面にある正解を効率よく導出するための教育ではなく、内面の好奇心やありたい姿を大切にする教育の本質は何か? その本質を普及させていくストーリーはどのようなものか?

ここまでのお話で、思考意識だけではなく、直感意識を活性化するために、いい問いをもつことが重要であることをご理解いただけたかと思います。ここで、次のような疑問が湧くのではないでしょうか。

問いがあれば、すぐに直感が降りてくるのだろうか?

残念ながら、この答えはNoです。直感活用のために、いい問いをもつことは必須になりますが、いい問いを持ったからといってすぐに直感が降りてくるとは限りません。

直感はいつ”降りてくる”のか?
これをご説明するために、アインシュタインが友人ソロビーヌに宛てた手紙を引用させてください。その中では、アインシュタインが自分の「ものの見方」について説明しています。

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(Albert Einstein statue at Museum of Cosmonautics at Moscow in Russia)

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この中に次のような描写があります。

「我々をE(経験)からA(公理)に導く論理的経路は存在しない。そこにはただ直感的(心理的)つながりがあるだけであり、それも、いつも単に“おって知らせがあるまで”のつながりである。」
(アインシュタイン)

アインシュタインは、相対性理論などの現代の物理学においても中核をなす理論を発見したことで有名ですが、そのような理論を導く論理的経路は存在せず、直感的なつながりがあるだけであること、そして、それはすぐにやってくるのではなく、「おってお知らせがあるまで」という具合に時間差があることに言及しています。

問いに対する直感が降りてくるのは、今日かもしれないし、1ヶ月後かもしれないし、1年後かもしれないのです。

ここが思考意識で分析をしたり、論理的に考えを詰めていくアプローチとは大きく異なるところの1つです。思考意識での分析や論理構築は、基本的にはやればやっただけ進捗していきます。もちろん、考えが堂々巡りしてしまうというような場合もあるかもしれませんが、大局的にはやればやっただけ進捗していくと考えて良いでしょう。

しかし、直感意識はそうはいきません。直感が降りてこないときは全く進捗感がありませんし、本当に何らかの解が得られるのか不安な気持ちがおこることもあります。時間の経過とともに、着実に進捗するというものではないのです。

一方で、直感が降りてきたら、その全てが見えたかのような衝撃と共に、自分の中にありありとしたイメージが湧きます。それは、暗闇の部屋の中に、出口につながる一筋の力強い光が見えてくるような感覚です。

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大切なことは、いい問いが、いい直感を導くということです。そして、思考意識を用いることで、いい問いを持ち、直感が降りてくる準備をすることは誰でもいつでもできます。誰でも、自分の直感を活用することはできるということですね。

ということで、「いい問いをたてたら、追って知らせがあるまで、気長に構えて待つ」ことをお勧めします。「人事を尽くして天命を待つ」というイメージに近いですね。

パソコンのメタファーでいえば、手元でやるべき作業をしながら、バックグランドで計算時間がかかるようなプログラムを作動させておくというイメージでしょうか。いつかは、答えを返してくれます。

今回の記事では、ヴィジョンの構想プロセスの続きとして「問いを立てて、直感を活用すること」についてお話ししました。次回の記事では、ヴィジョンの構想プロセスの終盤部分についてお話しします。

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2021.08.26