COLUMN コラム

世の中の流れをどのように捉えればいいのか

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2021.08.18

前回の記事では「チームメンバーとして、既にあるヴィジョンをどう捉えればよいのか?」という問いに対して、チームのヴィジョンを再解釈するというアプローチをご紹介し、「だれでも、どんな立場であってもヴィジョンの設定はできること」についてお話ししました。

今回の記事では、ヴィジョンの構想プロセスにおいて、よくいただく3つ目の質問として「世の中の流れをどのように捉えればいいのか」についてお話します。

ヒト・モノ・カネ・情報のつながりの強さが、VUCAの時代をもたらしている
みなさんは、バタフライ効果という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

バタフライ効果
初期条件のわずかな差が、その結果に大きな違いを生むこと。チョウがはねを動かすだけで遠くの気象が変化するという意味の気象学の用語をカオス理論に応用した(大辞林)

そして、このバタフライ効果は、要素間のつながりが強くなれば強くなるほど、その効果が強まり不確実性が増します。最近は、ヒト・モノ・カネ・情報のつながりが強くなっているので、バタフライ効果が従前より強まり、不確実性が高まっているのです。 

▼ヒトのつながり:飛行機・電車などの移動手段の多様化・高速化により、ヒト同士がつながりやすくなっている。また、SNSなどの普及により、インターネットを通じたヒトのつながりが構築されている。
・・・SARSやコロナは、ヒトのつながりの強さが背景となっている

▼モノのつながり:グローバルレベルでサプライチェーンが構築されている。サプライチェーンが広く、強くつながっており、逆に言えば、一部の不具合がサプライチェーン全体に影響を及ぼす構造になっている
・・・2011年のタイの洪水など、局地的な災害や問題がサプライチェーン全体に影響を与えるのは、モノのつながりの強さが背景となっている

▼カネのつながり:金融システムはグローバルレベルでつながっている。各国の金融市場はつながっており、一部の変化がグローバルレベルに影響することがある
・・・リーマンショックは、カネのつながりの強さが背景となっている

▼情報のつながり:SNSなどを介して、情報はグローバルレベルでつながっており、ある一つの重大ニュースが世界に広がるまでに1日を必要としない。
・・・2011年頃のアラブの春などは、情報のつながりの強さが背景となっている

一言で言えば、「世の中の流れは捉えにくくなっている」ということになります。

ヒト・モノ・カネ・情報のつながりの強さは、強くなっていくことはあっても弱まることはないでしょうから、不確実性は高まることはあっても、減っていくことはないでしょう。その前提でいえば「世の中の流れは、これまで以上に捉えにくくなっていく」と言えるでしょう。

意識レベルの流れを捉える
「それでは、世の中の流れを捉えることは無理なのだろうか?」

という疑問が湧きますね。これについては、私は半分正しく、半分違うと考えています。半分正しいというのは、実際に起こる事象としては、これまで述べた通り、その予測は困難になっていると思います。一方で、半分違うというのは、実際の起こる事象というレベルではなく(現象レベルではなく)、意識の流れというレベルであれば、流れを捉えることができるのではないかと考えています。

シンプルに言えば、現象レベルで世の中の流れを捉えることは難しいが、意識レベルで世の中の流れを捉えることはできると私は考えています。

一つの例をご紹介しましょう。それは、オムロン創業者の立石一真氏らが1970年の国際未来学会で発表した「SINIC理論」です。

(図1:オムロンHPより引用)

(図2:オムロン子会社ヒューマンルネッサンス研究所が運営するSINIC.mediaより引用)

この理論は1970年に発表されたものですが、近年の社会の状態を見通すかのように、今の社会を「情報化社会」から移行した「最適化社会」と位置付けています。

▼情報化社会(1974年-2005年)・・・「この社会では、人間は機械化社会や自動化社会で必然的に築かれた人間性の無視などから解放され、自分たちの主観性や責任を確立するだろう」

▼最適化社会(2005年-2025年)・・・「この社会では、男女の個人及び社会の要求が変化し、このような要求を満たすための最善の方法を見つける機能が開発される。従って、最適な情報のための選択的機能の増大によって、個々の能力に従って最も適した快適な仕事を見つけることが可能となる」

▼自律社会(2025年-2033年)・・・「この社会は、共同時代で始まった意識的な管理の社会から、管理のない自然社会への移行を示している」

SINIC理論ー未来へのアプローチより引用)

いかがでしょうか?1970年代に書かれたものは思えないくらい、今の社会の流れを捉えているように感じるのは、私だけではないでしょう。

予測が困難な時代であるにも関わらず、このように流れを捉えることができているのはなぜでしょうか?いろいろな見方があると思いますが、私は、SINIC理論は意識レベルの流れを捉えているからだと考えています。

図2の円錐の図をご覧ください。ここには、「物と心」「個人と集団」という2つの軸が示されており、それぞれの軸の両極を行ったり来たりしながら、螺旋発展していく構図が示されています。

これは私の解釈になりますが、「物と心」「個人と集団」という2つの軸は、「世の中全体の意識の重心」を示す軸であって、その意識の重心が2つの軸の両極を行ったり来たりして螺旋発展をしていくモデルになっているのです。

どのように意識の流れを捉えるか
では、どのように意識の流れを捉えていけばいいのでしょうか。それは、意識の重心を表現する2つの極で表現される軸上における流れを読み取るのが良いでしょう。

その軸としては、個人と集団、相対と絶対、保守と革新、そして、物と心があります。なぜ、この4つの軸なのかについては、別の機会にお話ししたいと思います。先ほどご紹介したSINIC理論は、個人と集団、物と心の2つの軸における変化を記述していると見立てることができます。

みなさんの業界では、これらの軸における変化として、どのようなものが挙げられるでしょうか?

例えば教育業界においては、これらの軸に沿って、次のような流れを読み取れると私は考えています。

集団→個人
集団的な画一的な教育ではなく、一人ひとりの個性や発達段階に応じた教育を求める流れがあります。最近は、さらにその反動として、興味がある人たちが集まって学ぶ場を求める流れも感じています。(集団→個人→集団の流れ)

物→心
知識やスキルなどの目に見えやすいものを対象とする教育から、心や態度などの目に見えにくいものを対象とする教育を求める流れがあります

絶対→相対
絶対的な正解があって、それを効率的に導出する方法を良しとする教育から、いろいろな正解があったり、それぞれの正解があったりすることを許容する教育を求める流れがあります

そして、これらの意識の重心の移動は、歴史的に繰り返されることがあります。ただし、単純に繰り返されるのではなく、SINIC理論においても記述されている通り、螺旋的に発展する形で繰り返されます。

教育業界を例にあげます。江戸時代においては寺子屋教育が行われていました。寺子屋教育においては、一定の就学年齢はなく、進級なども個人の能力に合わせて行われる形でした。集団と個人という軸において、個人という極に重心があったと言えるでしょう。

それが、明治時代になり全国に小学校が整備され、集団での教育が実施されるようになり、その流れは今も公教育に受け継がれています。そして、その集団の教育を見直す形で、個別化された教育が求められているという流れがあります。

その観点から見れば、寺子屋の復活と捉えることができますが、江戸時代と全く同じ形式で寺子屋が復活するのではなく、何らかの観点で発展した形での個別化された教育が具現化するようになるでしょう。それが、eラーニングという形かもしれませんし、AIにおる個別最適化が行われる教育システムかもしれません。

ヘーゲルの螺旋的発展の法則
このように世の中の流れを捉えようとするときに、ヘーゲルの螺旋的発展の法則を知っておくことは有用と思います。ヘーゲルの弁証法の基本法則は以下の3つとなります。これらの3つの法則の解釈については諸説ある状況ですが、私が個人的に一番しっくりくる説明を記載しています。

①量的変化から質的変化への転化の法則・・・「量」が増えて、一定水準を超えると「質」が劇的に変化する。0度になったときに水が一気に氷に変わる現象が1つの例。自然の変化や事物の発展においては連続的変化だけではなく、飛躍的変化が起こり得ることを含意している

②対立物の統一と闘争の法則・・・相対的な極をなすような対立物において、相対する力の引っ張り合いが起こると共に、相互に影響を及ぼしあい統合されていく。集団と個人、物と心、相対と絶対、保守と革新などの両極をもつ軸において、意識の重心が移り変わっていくのが一つの例。自然の変化や事物の発展の原動力として、対立物の相互作用があることを含意している。

③否定の否定の法則・・・矛盾の克服または否定の否定によって物事は発展する。両極をもつ軸において、意識の重心が一回りして戻って来たときに、全く同じものとして再現するのではなく、発展した形で再現されるのが一つの例。矛盾の止揚によって、螺旋的に発展することを含意している。

これらの法則を理解しておくことにより、世の中の流れを次のように捉えることの蓋然性をご理解いただけるのではないかと思います。

世の中の流れをどのように捉えるとよいか
▼両極をもつ軸において意識の重心の移り変わりと捉えること(②)
▼歴史的に見れば螺旋的発展として捉えること(③)
▼その発展は連続的変化だけではなく飛躍的変化として現れる可能性があること(①)

落合文四郎blog
2021.08.18