COLUMN コラム

「一皮むける経験」を自ら創り出すには、どうすればよいか?

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2021.04.24

前回の記事では、リーダーが精神的に成熟するためには、内面の矛盾と葛藤する経験が必要であるということと、その葛藤のプロセスについて、ストーリーの原型を意識しておくことで、乗り越えやすくなるという話をしました。

今回の記事では、内面の矛盾と葛藤する経験を、どのように生み出していくことができるのか、ということについてお話しします。

成長機会は自分で創り出すことができる
リーダーシップ開発の研究分野において、一皮むける経験あるいは修羅場経験というテーマで、どのような経験がリーダーの成長を促すのかについての研究が行われています。

それらの研究によれば、リーダーの成長につながる経験機会としては、次のようなものがあると言われています。

・昇進(役割と責任の変更)
・異なる職務への異動
・離れた土地への転勤
・難しさを伴う、上司部下関係(元同僚の上司になる、年上の部下など)
・新しい人間関係
・新しい国や文化への適応
・新しい部署横断の必要性
・新しい業種・役割責任(業種変更を伴う転職、子会社への出向)
・働き方の変更(家庭事情、健康事情)

もし、あなたにこのような経験をしたことがあれば、「あのときは大変だったけど、それを乗り越えて成長できた面はあるな」と思えるのではないでしょうか。

一方で、これらの経験は、自分で創り出せるものというよりは、環境が変わることによって自分に「お鉢が回ってきた」というものが多いということに気づきます。したがって、10年くらいの時間スパンで見れば、これらのどれかの経験はしたことがあるという人が一定数いる一方で、数ヶ月単位でこのような環境の変化に巡り合うかどうかは、自分でコントロールできるものでもないというのも現実です。

そうすると、これらの機会に恵まれなければ、成長の機会が得られないということなのでしょうか?

私は、自分の成長の機会は、いつでも誰でもどのような環境でも創り出すことができると考えます。

リーダーの成長には、内面の葛藤の経験が必要であり、その内面の葛藤とは、「主体的真理に生きることと、周囲と調和して生きることの矛盾」に向き合う経験であるということを前回の記事で述べました。

上記の研究結果にあるような成長機会は、環境が変わることによって「周囲と調和して生きる」ということについて状況の変化が起こり、その変化への適応が求められる経験であると解釈することができます。「主体的真理」と「周囲と調和して生きる」というテンションにおいて、前者は変わらないけど、後者を取り巻く環境が変わったが故に、内面の葛藤が起こりやすいのです。

そのように考えると、環境が変わっていなくても、「主体的真理に生きる」ことに関する自分の内面の変化に伴うことで、内面の葛藤がもたらされることに気づきます。そして、これは自分の内面の変化ですから、いつでも誰でもどのような環境でも、自分次第で創り出すことができるのです。

「周囲と調和して生きる」ことの変化

外面の変化

自分で創り出すことができるとは限らない

「主体的真理に生きる」ことの変化

内面の変化

自分で創り出すことができる

では、「主体的真理に生きる」ことの変化というのは、どのようなものか?

まず、大前提として、今すでに適応課題(アイデンティティや価値観の変容を伴う課題)に向き合っている途上にあるという感覚をもっている人は、そのプロセスに集中すれば良いと思います。

また、自分に十分なリソースがあるかどうかについても確認しておくことをオススメします。リソースというのは、自分の体力・気力、周囲からのサポート、時間的な余裕、役に立つ道具、などです。旅で例えるならば、旅にでるには、体力や気力が必要になりますし、衣類などの準備が必要になるのと同じです。

リソースが十分でないと感じるときは、適応課題の旅にでるタイミングではないかもしれません。そのようなときは、自分のリソースが十分に回復する、あるいは、整うまで待つという選択肢もあるのではないでしょうか。

「不」の感情を伴う、繰り返し起こるパターンを見つける

自分が大きく成長できる機会を見つけたいと思っており、自分のリソースも十分だと感じられるのであれば、『「不」の感情を伴う、繰り返し起こるパターン』に注目することが、一皮むける経験を自ら創り出すヒントとなります。

なぜ、「不」の感情に注目するかと言えば、「不」の感情があるところには、何かしらの「本来の願いと現実のギャップ」があるからです。例えば、安定したいのに、何が起こるかわからないから不安になります。期待しているのに、満たされないので不満になります。

なぜ、「繰り返し起こるパターン」に注目するかと言えば、繰り返し起こるパターンの背景には、自分のアイデンティティや価値観に関する固定概念による影響があることが多いからです。繰り返し起こるというときに、自分がコントロールできないレベルで世の中の現象そのものが繰り返し発生しているということもゼロとは言えませんが、多くの場合は、自分の固定概念が、世の中の事象をそのように見させていたり、そのように引き起こさせたりしていることが多いのです。

私自身が陥った「繰り返し起こるパターン」は次のようなものです。(詳細のストーリーは、こちらの記事をご覧ください)

目標などの目指す姿に対する現実のギャップを感じる
(不快感情1:不安)

関係するメンバーと話す中で、当事者意識やコミットメントの違いを一方的に感じてしまう
(不快感情2:寂しさ、孤独感)

自分でやるしかないと判断して、自己完結したアクションをとる
(不快感情3:怒り)

結果がでる、でないに関わらず、しらけた雰囲気になる
(不快感情4:悲しさ)

自分で自分に「そうせざるを得なかった」という言い訳をする
(不安感情5:落ち込み)

営業目標が未達成になりそうなとき、商品開発がスケジュール通りすすまなそうなとき、社員が何か不満・不安を抱えていると聞いたときなど、場面が違っても、同じようなパターンが繰り返されていました。

この背景には、次のような価値観レベルの固定概念があったのです。

・社長が、全ての問題に対して、最後の責任を負わなければいけない
・目標と現実のギャップはすぐに埋めなければいけない
・ギャップを埋める行動の副作用はない(目に見える直接的な効果が大事であり、副作用というものは存在しない)
・結果がでれば、周囲は納得する

一皮むける経験の旅は、自分の価値観レベルの固定概念に気づくことから始まります。そして、固定概念に気づいたら、それをいきなり変えようとするのではなく、その固定概念を意識下において見守りながらしばらく過ごすようにするイメージです。

次に同じようなパターンがきたときに、「あの固定概念が、またでてきているな」と思えたら大きな収穫です。それを見守るようにしていると、「必ずしも、その固定概念に縛られすぎなくてもいいかもな」とか「ちょっと、違う考え方を試してみようか」という心の声が聞こえてきます。

その心の声にしたがって、少しだけ実験をしてみるイメージです。清水の舞台から飛び降りるようなことをする必要はありません。少しだけ、スモールステップで試してみればよいのです。

そして、その実験をした結果、「繰り返し起こるパターン」がどのように変わるかを観察します。事象そのものの観察だけではなく、特に、自分の「不」の感情を観察します。そこに、ちょっとした違いがあり、自分にとって望ましい方向に向かいそうであれば、もう少し大きめの実験に進めばいいですし、ピンとこなければ違うことを試せばよいでしょう。

「一皮むける経験=苦しい経験」とは限らない

「あれ?一皮むける経験と言われると、かなり大掛かりで、長い時間をかけて、苦しい思いをしながら乗り越えるものと思っていたけど、そんな身近な小さなことでいいの?」と思われた方もいるのではないでしょうか。

私は「一皮むける経験=苦しい経験」とは限らないと思っています。もう少し言えば、ゲーム感覚で楽しめる「一皮むける経験」を内面から創り出す、という感じが好きです。

もちろん、この記事の前半に記載しているような外部環境の変化による「一皮むける経験」(=修羅場経験)の場合、ゲーム感覚で楽しめるものとは限らないですし、苦しさを伴うものも多いでしょう。

しかし、「主体的真理に生きる」ことの変化に基づく、内面からくる「一皮むける経験」は、自分の心持ち次第ですし、経験のデザイン次第で、楽しめるものだったり、ワクワクするものだったりにすることができます。

私自身も、今、「自己表出=自分らしさと周囲との調和を保ちながら、自分の主体的真理や自分らしさを発信していく」という適応課題の旅にでています。このような形で発信しているのも、適応課題への対応という側面を持ちます。

そして、私はこの旅を苦しみながらやっているというよりも、テレビゲームをやっているような感覚で、「次はどんなモンスター(試練)がでてくるかな?」などと妄想しながら、取り組んでいます。

このように、「リーダーとして成長するためには苦しい経験を経なければいけない、あるいは、修羅場となる経験を経なければいけない」という固定概念は手放した方が、より前向きに、継続的に、自分にとっての「一皮むける経験」に取り組むことができて、成長し続けることができるのではないかと思います。

落合文四郎blog
2021.04.24