COLUMN コラム

私の課題意識①:目に見えるものへの偏重

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2020.11.19

初回では、「経営における矛盾を両立するパラダイムは何か?」について、3+1意識モデル(ミクロ的・微分的視点)や、矛盾を両立する経営の全体像(マクロ的・積分的視点)について述べました。

今回の記事では、このような観点から私たちの社会の現実をみたときに、どのような課題意識を持っているのか、お話ししたいと思います。

見えるものへの偏重
まず第一に課題意識として感じるのが、「見えるものへの偏重」です。具体的には、売上、利益、株価などの財務的な結果であったり、ビジネスモデル、商品、サービス、戦略、人事制度などが「結果として形となって現れるもの」になります。

もちろん、これらのどの要素もビジネスを成立させる上で、とても大切です。1つ1つの要素が大切であることは確かだと思いますが、一方で、これらの要素は、全体からみたときに「目に見えやすい一つの側面」に過ぎないのではないでしょうか?

売上、利益、株価、ビジネスモデル、商品、サービス、人事制度などの形あるものが生み出される過程や経緯を考えれば、それを生み出す組織や人の行動があり、この行動の背景には一人一人の理想とか、意欲とか、努力など、人の内面から生まれてきたと思うんですね。

例えば、創業者の思いが、組織の文化をつくり、経営理念という言葉になって表現されて、その経営理念を体現するビジネスや組織構造や人事制度が創られる、というストーリーをどの会社も持っているのではないでしょうか。

創業者だけではなく、ある社員1人の思いから始まって多くの人の共感を得て、新しいサービスとなって生み出されるということも、歴史ある企業であれば、いくつものストーリーを持っていると思います。

しかし、時が経ち、市場環境や競争環境が変わり、組織のあり方や組織の構成員も変わっていく中で、いつしか「当初の思い」と「形となって残っているもの」のつながりが薄くなり、形骸化してしまう。そして、形骸化したものが既成事実として残ってしまい、誰もその解消や改善を言い出すことができない。

現在の日本において、よく見られる光景ではないでしょうか?

例えば、教育の話で言えば、今の学校教育の体系は明治時代になってから、欧米の文明をいち早く吸収して文明開化をするという文脈があり、読み・書き・そろばんがしっかりできる教育を全国一律で実施するという考え方をもとに形になってきた経緯があります。

その当時の思想が、今現在においても引き継がれている部分があり、初等教育においては日本の学力が高いと言われる所以になっています。一方で、時代の流れの変化を考えたときに、本当にこの教育の形が良いのかといえば、多くの人が違和感を持っているのではないでしょうか?

例えば、全てのカリキュラムを画一的に実施する教育、先生が説明をして生徒が聞いて理解をするという授業スタイル、答えが一つに定まっている問いに対して、素早く正確に答える能力を育むという考え方。

これらの教育スタイルを全てを否定するものではありませんし、私個人は、このような「型を習得する」学習も大切だと思っていますし、それを「全国一律」でやっていく意義もあると思っています。

しかしながら、このような教育スタイルが、明治時代のときは理念との繋がりがあってよかったものを、今この令和の時代になってもそのままでいいのかを言えば、違和感を持たざるを得ないのではないでしょうか。

内面が外面の変化を創り出す
ここまで、ビジネスモデルや組織構造や人事制度などの「目に見えるもの」と、個人の思いや願いや理念という「目に見えないもの」の両者のつながりが大切であることを述べてきました。

こちらの図をご覧ください。これはケン・ウィルバーのインテグラル理論を元にした図です。

インテグラル理論においては、物事の捉え方には4つの側面があるとされます。この4つの側面のうち、ビジネスにおいて、みなさんが普段注目をしているのはどれでしょうか?あるいは、普段、メディアなどで伝えられることが多いのはどれでしょうか?

「組織×外面」が多いのではないでしょうか?それは、「見えやすく、わかりやすい結果」だからです。組織内において、売上・利益などの財務面の結果、戦略や人事制度などは、言語化しやすく、共有しやすい。個人にとっても、自分の努力の結果を評価や昇進や給与などを通して知ることになりますが、それらは「組織×外面」によって規定されています。

しかし、「組織×外面」にあまりに重視しすぎると、組織の内面や個人の内面とのつながりが切れてしまいます。このつながりが切れてしまうと、内面からのエネルギーの供給がされないので、形骸化して活力を失い、結果的にビジネスとしても儲からなくなります。

逆に、一人一人の思いや理想が集合化して、組織的の文化となり、それがヴィジョンや人事制度やビジネスモデルを生み出していれば、内面からのエネルギーが常に供給され続けますので、結果的にビジネスとしてもうまくいきます。

私が大切にしたい「主体的真理の社会実装」というのは、「個人×内面」の主体的真理から始まって、「組織×外面」の社会実装に至る、この2つの間のつながりが保たれている状態です。そして、その出発点は「組織×外面」ではなく、「個人×内面」であるということです。

「組織×外面」がダメという話ではない。「個人×内面」とのつながりがきれてしまうこと、さらに言えば、つながりがきれたときに形骸化したまま、そのつながりを取り戻すことができない状態が続いてしまうことに、私の課題意識があります。

落合文四郎blog
2020.11.19