COLUMN コラム

私自身のストーリー① 物理少年が「人の成長の真理」を探究するまで

落合文四郎
Alue co.jp CEO
2020.11.05

前回は、「経営における矛盾を両立するパラダイムは何か?」について、3+1意識モデル(ミクロ的・微分的視点)や、矛盾を両立する経営の全体像(マクロ的・積分的視点)について述べました。

今回は、私自身のストーリーについてお話させていただくことで、なぜ私が前回のようなテーマを持っているのかについての背景をご説明できればと思っています。幼少期まで遡った話になりますが、よろしければお付き合いください。

物理との「出会い」と「別れ」

私は両親と4歳年上の兄の4人家族の家庭で育ちました。父は数学の教授で、幼い頃から本棚には数学と物理の本がありました。「時間の進みは速くなったり、遅くなったりする」という相対性理論の記述に、幼いなりにおもしろさを感じたことを記憶しています。私にとっての物理との出会いは、生活の一部に含まれるごく自然なものでした。

学校の勉強に関しても、兄が進学高に通っていたこともあり、自然に取り組むものになっていました。親から勉強を強いられた記憶はなく、無邪気な気持ちで自然と、兄が歩んだ道をそのまま歩いていました。わからないことがあれば、隣で研究の仕事をしている父に聞いて教えてもらうような生活でした。

大学では幼い頃から興味のあった物理を探究し、特に興味のあった素粒子物理の領域で大学院に進みます。このまま父のように学者になるのかもしれない、とぼんやり思っていました。(ちなみに兄も学者をしています)

ところが、物理の世界での研究の環境は非常に厳しく、同世代の同分野の100人で3人のポストを争うような世界。しかも、これまでに出会ってき人の中でも極めて優秀であるだけではなく、寝ても覚めても物理のことを考えている感じの人たちです。そのような人たちと競いながら、100人中3人のポストを争そうことにかける決断をできない自分がいました。

同時に、物理とは違う世界で生きていくことを決断します。私は一度決めるとスパッと動けるタイプなので、特にこだわりもなく、物理の世界を後にします。

そこから就職活動をして、物理の知識が活きる分野として金融トレーダー、または、ビジネスの世界で必要な足腰を最大限鍛えることができそうなコンサルティング業界を中心に面接を受け、トレーダーは不合格、ボストン・コンサルティグ・グループ(以下、BCG)からご縁をいただき、社会人生活をスタートしました。

コンサルティングと物理の決定的な違い

コンサルティング会社での日々は、学びの連続で、成長の手ごたえも想像以上でした。当時のBCGは、コンサルタントで100名前後、新卒同期は6名でみんな個性派揃い。一緒にプロジェクトを行う方々は、大企業や中央省庁出身でMBAホルダーの方も多く、とても刺激的な毎日でした。

個性派揃いの新卒同期とは、一緒にプロジェクトをやることはありませんでしたが、お互い意識し合いながら、いい仲間であり、いいライバルとして共に成長をすることができたと思います。

最初の半年間は、プロジェクトリーダーやシニアコンサルタントの方に教えてもらいながら、リクエストされたアウトプットを出していくことで精一杯という感じでした。半年から1年くらいのタイミングで、自分なりのアウトプットの出し方、付加価値の出し方のコツみたいなものを掴み始めてから、仕事がさらに楽しくなり、あっという間の2年半でした。

2年半が経ち昇進したタイミングで、自分の中でこれまでとは少し違うアンテナが立ち始めていることに気づきます。仕事の楽しさはそれまでと全く変わらないものでしたが、それまでよりは少しエネルギーが停滞しているような感覚になります。いま振り返ると、それは「個別解を出す」というコンサルティングの性質と、自分がもともと持っている指向性とのギャップでした。

コンサルティングは、論点・仮説・検証などのプロセスを経たり、クライアントとの協働によって価値を生み出していくプロセスを経たりするなど、プロジェクトによらずに共通しているものはありますが、基本的にはクライアント企業の状況や文脈に応じて個別解を出していく仕事です。

個別解を出す仕事には、価値もやりがいもあります。しかし、私個人としては、一般解、つまり「普遍的な真理の探究」に心から喜びを感じる人間であることに、ぼんやりと気づき始めたのです。(良し悪しではなく、好みの問題です)。

「普遍的な真理の探究」とは、まさに物理の研究と同じ営みです。様々な現象を説明するシンプルで美しい真理を見つけること。これが私が幼少期から惹かれてきた営みであり、人生を通したテーマになり始めます。

このあたりから、自分で事業を創りたい気持ちがふつふつと沸き上がり、起業するならば、どんなことをやりたいのか、どんなチームを作りたいのかなど想像するようになりました。また、一緒にやる仲間として、大学時代のテニスサークルの友人に声をかけ、週末に起業準備をするようになります。
(余談ですが、学生時代は物理ばかりやっていたわけではなく、同じくらいテニスにも熱中していました)

週末の起業準備を始めてからの半年間、どんな世界を実現したいかを考える日々でした。

それまでの人生を振り返ると、私は人生の岐路のタイミングで、様々な選択肢の中から自分らしいものを選んでここまで来られたと感じました。そして、それは幼い頃から様々な「学び」に自然に触れられる環境で育ったおかげだと思ったのです。よって、人に自分らしい選択肢を持ってもらえるような、教育のインフラ作りに携わりたい気持ちが自然に沸き起こりました。

人の成長の領域でも「普遍的な真理の探求」をしてみたい。そんな想いで積み重ねてきたことが、今の事業につながっています。

主体的真理は「何をやってきたか」ではない

私の中に主体的真理というキーワードがあります。主体的真理についての詳しい話は別の記事でお話したいと思いますが、大雑把に言えば、一人一人が「自分の主観」で大切に考えていること・目指したい姿などを指します。

主体的真理に生きる人がたくさんいる社会に貢献したい、というのが今の私の想い(=主体的真理)です。

ここまで語ってきた私の経験の中にも、主体的真理を読み取ることができます。

私の場合、コンサルティング時代の「個別解」を紡ぎ出していく経験をしたことで、自分は「一般解」を見つけたい人間なのだと気付き、起業に至りました。この「一般解を見つける」が、私の主体的真理の一つだったのです。そして、その原点は幼い頃の物理への興味でした。

ここで重要なのは、主体的真理は、何をやってきたかではなく、やってきたことの「何に共鳴したか」に現れるということです。

もし「自分には物理しかない」と思っていたら、研究者としての厳しい現実を前にして身動きが取れなくなり、本当の心の声に気付くことはできなかったと思います。(素粒子物理の世界が悪いのではありません。あくまで、自分にとっての話です)

しかし現実には、物理そのものにこだわりすぎなかったことが功を奏します。「普遍的な真理の追求」につながるのであれば、ビジネスの世界でもやりがいを持って生きていけると気付くことができました。

起業に至るまでの私の中での意識の変化を整理すると、次のようになります。

「主体的真理=物理学者」 ⇒ 世の中との矛盾に直面

「主体的真理=100年続く真理の追求」 ⇒  世の中との調和(起業)

起業後のストーリーについては、次の記事でお話したいと思います。

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2020.11.05