COLUMN コラム

堤宇一氏

批判的ふり返り-意味パースペクティブの変容

堤宇一氏
2020.03.19

企業内で実施される研修のテーマは、新入社員研修、管理職研修といった階層別教育から、自社商品や製品に関する知識強化、会計・財務の基礎知識、営業力強化、プレゼンテーションスキル向上、コンプライアンス教育、論理思考力、異文化理解やグローバルリーダー育成など千差万別である。また、研修に求める成果についても「知識・スキルの付与」「職場での実践・応用力の強化」「モチベーション向上」「気づき・意識の変容」など、これもまた多様である。ただ、社会構造や既存常識、生活スタイル等が大きく変わるVUCA(※注1)の時代、中でも、「意識変容」を狙った教育施策が以前にも増して多く実施されるようになっている。今回のコラムでは「意識変容」について議論しようと思う。

子どもと大人の学習には、根本的な違いが存在する
まずは、学びの対象についての検討からすすめよう。企業内教育が対象にするのは社会人である。学校を卒業し、経済的にも精神的にも自立した、いわゆる“大人”である。それとは逆に、学校教育が対象とする学習者は“子ども”である。我々は、フォーマルな学習(※注2)経験は、学校教育が圧倒的に多いため、企業内研修においても学校教育の枠組みを無意識に適応しがちである。しかし、子どもと大人の学習には、根本的な違いが存在する。子どもは「形を作っていく(forming)」のに対して、大人は「形を変えていく=変容していく(transforming)」という異なる学習観である。言い換えれば、子どもは新しい知識や体験という学びを通じて人格や知恵を形成していくことが学習の成果であるのに対して、大人は学びを通じて自己についてふり返り、経験を解釈するための前提や価値観などを再形成していくことと捉えるのである。

つぎに大人の学習の期待成果である「意識変容」について検討していこう。意識変容とは、過去の経験や出来事、学習、生活環境等によって形成された「意味パースペクティブ」(※注3)に気づき、それを意図的に変えていこうとする取組みを指す。悩ましい点は、意味パースペクティブの変容が容易でないことである。無意識に発動される価値観や知識、考え方自体に気づくことが難しく、また、どう変えるのか予め定められていたり、他者から指示されたりするものでなく、自分で評価し実行しなければならない。意識変容を促す学習の中心となるプロセスが「批判的なふり返り」である。批判的にふり返る行為は、自分の信念、態度、捉え方等々の背後にある前提を認識し、それらが妥当かどうかを評価することである(メジロー 1990)。前提の認識の妥当性を問うことで、意味パースペクティブが明らかにされ、自分の経験をより包括的かつ統合的に理解できるようになる。この洞察によって、盲目的な認識状態あるいは、漠然とした不安・不満を抱いている状態から、何をしていくかを考える段階へとステップアップし、変容への勇気につながり、その第一歩を踏み出すことが出来るようになっていく。

しかし実際、意識変容の第一歩として、ふり返りの機会を研修で設けても、多くの場合、単なる感想、出来事の確認、感情の吐露といった表層的なレベルで終始してしまう。
最後に、深く適切なふり返りを促すための手がかりとして、P・A・クラントン(2005)の「意識変容の学習プロセス」をご紹介しよう。

<意識変容の学習プロセス>
STEP1:前提の問い直し
    周囲の人や出来事、背景の変化等を指針としながら、自身の持つ前提を問い直す。留意すべきことは、問い直し自体が見過ごされてしまわないようにすること。

STEP2:ふり返り1(前提に気づく、前提を吟味する)
    気づいた前提をじっくり検討していく。あるいは、明確にしたり、考えたり、じっくりと思案する。

STEP3:ふり返り2(前提の源と結果の吟味)
    なぜそのように考えるのか、その考えはどこから出てきたのか、親が語っていたのか、学校で習ったのかといった前提の源を吟味する。続いて、その前提を信じ続けるとどのようなことが起こるのか、今の前提のままで新しい状況に対処できるのか、その前提がなくても今より幸せになれるのだろうかといった前提がもたらす結果を検討する。

時代の変化に適用するには、個々人の持つ「意味パーステクティブ」を固定化させず変化させていくことは極めて重要である。しかし、単なるふり返りの機会を提供しただけでは、変化を肯定し、第一歩を踏み出すまでの意識変容を促すことは難しい。企画側(意識変容学習を提供する側)が、学習者に対して「何をふり返させるのか」「どうふり返させるのか」という明確な意図を持って、仕掛けていくことが重要となる。

特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一

(注1)VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉である。現代のカオス化した経済環境を指し「予測不能な状態」を意味する

(注2)フォーマルな学習とは、学習としてデザインされ、準備された教材等を用い、シナリオ通りに実施する学習活動のこと

(注3)意味パースペクティブとは、象徴的なモデルを提示するときに用いる枠組みを方向づけ、経験の意味を解釈し評価するための信念の体系として用いる習慣的な一連の期待(J・メジロー 1991)

<参考書籍>
1)「おとなの学びを拓くー自己決定と意識変容をめざして」 P・A・クラントン著 鳳書房(2005年)
2)「生涯学習理論を学ぶ人のために―欧米の成人教育理論、生涯学習の理論と方法」 赤尾勝己(編集) 世界思想社 (2004年)

プロフィール画像
堤宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長
アルー株式会社 HRソリューション部 テクニカルアドバイザー

熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。
「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。
現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。
「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。
現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。