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スキーマ

堤宇一氏
2019.04.11

筆者は普段、研修所に勤務し研修の開発業務を行っている。その組織は研修制作機能を持たず、コンテンツ開発は教育会社の協力を得ながら制作していく。開発業務はプロジェクト形式で実行し、概ね次のように進められる。所内の企画会議で開発テーマ、学習内容、レベル、対象等々を決定、それをRFP(Request for Proposal)として具体化、RFPを基に教育会社へ告知そして競争入札の実施、提案内容の勝る教育会社に発注という手順である。プロジェクト体制は、筆者がプロジェクトリーダーを務め、テーマの専門家(教育会社のテーマ専門性が低い場合、大学教授などに監修協力を依頼する)と開発スタッフ(教育会社の開発メンバー)の3者で構成される。精鋭ぞろいのチーム体制で開発を行うが、リリース後の手直しを必要としない研修はありえない。是正処置が数箇所の手直しで済む場合からデータ収集と改善を何度も繰返して期待レベルに達する場合など様々な状況が発生する。筆者は、リリース後の改善活動を2年間行なった研修も経験している。新規開発の過程では、ほとんど表出することがないが、研修の改善過程で表出しやすいのが、個々人の研修開発や研修運営の捉え方の違いである。個人が持つ研修に対する世界観と言ってもよいだろう。

前置きが長くなったが今回のコラムでは世界観について検討していきたい。世界観のことを認知心理学では「スキーマ」と呼ぶ。スキーマとは、過去経験や外部環境について構造化された知識(F.C.パートレット1932)と定義される。具体的には、人は物事を理解したり記憶したりする場合、単純に情報をコピーするのではなく、スキーマという心理的枠組みに基づき情報を取り込み、再構成するという認知的情報処理を行う。だから同じ出来事に出会ったとしても、人それぞれが異なるスキーマを有しているので、解釈や捉え方の違いが発生する。

場面を研修改善に移し考えてみよう。筆者はインストラクショナルデザインを学び、研修コンテンツを工業製品化したいというスキーマを持っている。よって研修の効果や品質保証は学習内容、学習順序、学習活動や学習時間等々の研修構造の作り込みで担保するもので、講師一人が担うものではないという志向が強い。仮に、インストラクショナルデザインなどを学んだことがなく、過去の研修受講体験から研修は落語に類似し、講師が研修室で行う話芸の一つであり、研修効果の成否を握る鍵は講師であるというスキーマを持つ開発者ならば、研修改善の方略として、講師の講話内容や投影用スライドの表現・スクリプトの改善を取りやすくなるだろう。この改善を行わずして研修改善にあらずという思いに至るかもしれない。しかしながら筆者は、そのような改善策を直ぐに取ることはない。むしろ、講義からゲーム演習に変更するといった学習活動の見直しや学習順序の入替え、学習内容の優先付けによる時間配分の変更という講師以外の要素の修正や変更を率先して採用する。スキーマは、無意識のうちに研修改善に対するアプローチ方法に影響を与え、打ち手の優先順位さえも決定させてしまうのである。

スキーマは、その人の経験や価値観に根ざし形成されるため、それ自体に優劣や正解不正解は存在しない。しかし、その人の言動やものの見方に対して大きな影響を与えている。そのため我々は、スキーマによってもたらされるメリットとデメリットを理解しておくことが必要だろう。メリットは何といっても、考える時間短縮と効率性が挙げられる。全てのスキーマを取り払いゼロから考えていたら、時間がいくらあっても足らなくなってします。デメリットには、よく考えずに、短絡的な結論を導き出してしまうことが挙げられる。

特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一

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堤宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会 副理事長

熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。
「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。
現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。
「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。
現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

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