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知の獲得

筆者が長年活動を続けているNPO活動の中で、ここ数年気になっていることがある。今回のコラムでは、この気掛りを呼び水として「知の獲得」について考えようと思う。
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目次[非表示]

  1. 1.学びに対する認識の変化
  2. 2.わかったつもりの壁
  3. 3.情報知と経験知


学びに対する認識の変化

先ずは、筆者がここ数年気になっている事柄から紹介しよう。筆者らの主催するNPOの活動領域の一つに「産業人教育の質的向上を高める取り組み」がある。「インストラクショナルデザイン基礎セミナー」や「教育効果測定の基本セミナー」の開催がその具体的取り組みの一例である。NPO設立以来、これらを定番セミナーとして継続開催しており、問題意識の高い方々にご参加いただく。多くは「科学的な手続きにより有効な研修を設計したい」あるいは「研修の効果を精度高く測定したい」という強い動機を持ち、それらを叶えるためにネット、拙著、あるいは口コミなど様々なチャネルから情報を入手し、自らの意志で参加する。そんな参加者のセミナー終了後の意識が変わりつつあることが筆者にとっての気掛りなのである。設立当初は「セミナーから、基本理論と演習の繰り返しにより実務への方略イメージを掴んだ。次は実際に自身の研修で試し、やり方を身に付けたい」という反応であった。しかし昨今は「セミナーで、基本理論を学び、演習の繰り返しで考え方を理解した。次は実務応用のための応用編を受講したい」という反応である。学びに対する微妙な変化が生じている。



わかったつもりの壁

気になることがあれば、すぐにネットで検索できる現代社会。そんな環境が学習意識を変質させる遠因になっていると筆者は感じている。ネット検索で、平易に要約された説明文を読むという学びが常態化している。労力もさほど必要なく、容易に疑問を解消することができる。仮に不満ならば他の言葉を入力し、満足のいく説明文に出会うまで続ければよい。それで学びが完了し、それ以上深く学ぶ動機は失せてしまう。こうして「知識として理解することが学びである。…それも安易な方法で」という意識を醸成させてしまうのではないだろうか。昨今、「知識として理解をしているものの実際に体験したことがない」という人達がいかに多いことか。


情報知と経験知

心理学や哲学、経営学等の分野で「知」に関する研究がなされている。それらの研究が明らかにしている点は、知は一種類ではなく、獲得方法や性質・対象の違い(言葉で説明可能/あるいは不可能、情報に関するものあるいは行為に関するものといった違いなど)によって分類して捉えることである。興味のある方は、最後にリファレンスを掲載するので、詳しくはそちらを参照願いたい。


さて、獲得方法の違いによる分類方法の代表に「情報知」と「経験知」という捉え方がある。情報知とは、体験はしないものの視覚や聴覚を通じて言語などを介して習得する知識であり、それらの代表が本やテレビ、ネットあるいは人から聞いた話などである。後者の経験知とは、自分の感覚を通じて実際に体験して習得する知識である。


実践から導き出されたノウハウや考え方、手続き等の知識を体系化したのが理論である。頭で理解した理論を「実際に使える」レベルにするには経験を積まなければならない。実践を通じて試行錯誤し、勘を養い自分なりの創意工夫をし、経験を能動的に形成し統合することで経験知が獲得されていく


自動車に関する理論(情報知)を徹底的に学習したからといって、運転手としての技能(経験知)は身に付かないという真理は、いまさら申すまでもない。しかし、先に記したように「知識として理解することが学びである」と意識が変わってしまったなら、実践を通じて獲得するという発想は生まれ難くなるだろう。


特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一



<参考書籍>

ポランニー、マイケル(2003)高橋勇夫訳「暗黙知の次元」ちくま書房

ポランニー、マイケル(1980)佐藤敬三訳「暗黙知の次元:言語から非言語へ」紀伊国屋書店

高野 陽太郎 (編)(1995)「認知心理学2 記憶」東京大学出版会

野中 郁次郎、竹内 弘高 、梅本 勝博 (1996)「知識創造企業」東洋経済新報社

堤 宇一氏
堤 宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長 熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。 「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。 現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。
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