堤宇一
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中村俊介


産業人教育のインストラクショナルデザイン、効果測定の日本における第一人者として活躍されている堤宇一氏。2019年4月より当社のテクニカルアドバイザーに就任し、教材開発部門の業務改革や能力開発、コラムの執筆(https://www.alue.co.jp/column/academic/academic1/)などを手掛け、先日実施した人事担当者様向けセミナーは即日満員御礼となり、大好評を博している。(セミナーに関連するリンク
そんな堤氏に、なぜアルーに入社されたのかという経緯や、自らが副理事長を務める学習分析学会との共同開催として今年9月、10月に開催する「インストラクショナルデザイン」、「教育効果測定」に関するセミナーへの思いを聞いた。

堤宇一(つつみ ういち)氏 / NPO法人学習分析学会副理事長 アルー株式会社 HRソリューション部 テクニカルアドバイザー
熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。
「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。
現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

インタビュアー:中村俊介 アルー株式会社 企画広報グループ(詳細はこちら

アルーの最初の印象は「奇特な会社もあるもんだな(笑)」

Alueアカデミック対談中:気づけばご入社いただいてから4ヶ月が経ちました。私が堤さんのお名前を初めて知ったのは、2007年に出版された『はじめての教育効果測定―教育研修の質を高めるために』を拝読したときでしたが、まさかその時はこのように一緒に働くことができるようになるとは夢にも思っていませんでした。
堤:あの時に読んでもらっていたんですか。ありがとうございます。
中:当時私たちも創業してようやく研修事業が軌道に乗り始めたタイミングで、より質の高いプログラムを提供していきたいということで、インストラクショナルデザインの第一人者のおひとりであった君島浩先生に顧問としてご入社いただき、ご指導をいただいていた時期でした。
堤: ちょうど私もアルーさんの名前を知ったのは、その君島先生からでした。まだ若い会社なのにインストラクショナルデザインの専門家を招くなんて、奇特な会社もあるもんだなと(笑)
中:奇特でしたか(笑)
堤:最近でこそ教育の効果測定について世間の関心が高くなってきたように感じますが、当時はまだまだ「効果測定なんて変わったことを始めたねえ」という反応の方が多かったですよ。私はその頃アメリカでJack Philips博士※と協業したり、様々なプロフェッショナルと交流していたので、日本との差異を強く感じていましたね。
中:どのあたりが一番差異を感じていらっしゃった部分でしたか。

※Jack Philips博士 米国における教育効果測定の第一人者。カークパトリックの4段階モデルにROI(投資対効果)を加えたROIモデルを提唱したことで広く知られている。

日本では研修の効果がないのは受講生側の責任?!

堤:そうですね。様々ありますが、向こうではそもそも研修はいろいろな打ち手の中のひとつという意識が確立されていました。研修は最後の手段であるという捉え方です。
中:そもそもパフォーマンスが出ていない原因が組織の外部要因なのか、組織の内部要因なのか、それとも個人の内的要因なのかを考えて、個人の内的要因だと特定されて初めて研修という打ち手が出てくる、というパフォーマンスコンサルティングの考え方ですね。

Alueアカデミック対談堤:その通りです。日本ではそもそも人事部が「研修をやる部署」というような認識になっているようなところもあるため、打ち手として研修をやるというのが決まっていて、その中で「どんな研修をやるのか」というところから検討が始まることに違和感がありましたね。

中:なるほど。
堤:またこれは文化なのか、教育というものが神聖視されているようなところがあって、効果測定なんてとんでもない、もし効果がないとしたらそれは受講生側の責任だ、みたいな雰囲気もありましたね。
中:そうですか。。そんな逆風ともいえるような雰囲気を感じながらも、なぜ堤さんはそこまで効果測定の世界に惹かれていったのでしょうか。
堤:私自身が小心者だからかもしれませんね。研修会社に勤めているときに、ちゃんと効果も検証されていないようなものをお客様に提案することに違和感があったというか、怖くて売れなかった。だからきちんと効果を確認して自信をもって提案していきたいと。

「育成の成果にこだわることで業界を変えていきたい」という熱い思いに触れ、入社を決意

Alueアカデミック対談中:とても真摯な姿勢ですね。私もそうありたいと思います。さて、その後アルーとまたご縁がつながったのは、日立総合経営研修所(現日立アカデミー)のプログラム開発担当として当社にご発注をいただいたところでした。
堤:そうですね。もうアルーの人間でもあるのでこんな言い方をするのもなんですが、しっかりしたコンテンツを作る会社だなという印象でした。年間でたくさんのコンテンツを開発しなければならない中、しかもインストラクショナルデザインの観点でも満足できるレベルを目指そうとすると、自然と教育ベンダーは高いレベルの要求に応えられる技術力のある会社を選ぶことになります。アルーはその期待に応えてくれる会社のひとつでした。
中:最初のコンペの際に、デモ講義に私も同席させていただきましたが、堤さんからの鋭い質問に冷や汗をかいたのを覚えております(笑)
堤:実力のある会社だから、あえて「いやらしい質問」をしたのかも知れませんね(笑)取引を重ねるごとに開発レベルもどんどん上がり、とても可能性を感じ、充実したプロジェクトを何度も実施できました
中:開発メンバーの努力の賜物です。
堤:そういうこともあり、次のキャリアの可能性にアルーに入社するという選択肢が浮かんできて、落合社長とお会いしました。そこで「育成の成果にこだわることで業界を変えていきたい」という熱い思いに触れ、これは一緒にやる価値がある会社だなと感じ、入社しようと決意しました。
中:堤さんに選んでいただいたのは本当に光栄ですし、業界を変えていくというチャレンジをご一緒できるのが心強いです。

学習目標と学習成果を定めるためのコツ

中:さて、今後「育成の成果にこだわる」に関わる様々な活動を堤さんと一緒に仕掛けていければと考えていますが、その一環としてNPO法人学習分析学会と共催で実施する「インストラクショナルデザイン基礎コース」「教育効果測定の基本コース」の2つのセミナーに話題を移していきたいと思います。この2つのコースの位置づけと狙いについて教えてください。
堤:今回の2つのコースは、企業内研修の企画に携わる方々を対象にしています。企業内で研修を企画する必要性は、経営戦略の方向性やそこから浮かび上がる課題から生じます。先程ご説明いただいたパフォーマンス分析を行い、研修で解決する範囲を決め、ゴールとして学習目標と学習成果を定めます。
中:ここで言う学習目標と学習成果は、我々が定義するところの育成の成果と言い換えてもよさそうですね。
堤:まさにそうですね。この学習目標と学習成果を定めるためのコツがありまして、それを踏まえないと、曖昧で人によって解釈がばらつくものになってしまう。そうすると、たとえば研修会社に提案を依頼しても、各社バラバラの解釈で研修を企画し、我々発注者の期待する内容が提案されないといったことが起こります。
中:それは困りますね。
堤:また、その学習目標を達成するための効果的な研修の組み方の知識がないと、出てきた提案を適切に評価もできません。ここのあたりの学習目標の立て方、そこからの研修デザインの考え方を学ぶのが、「インストラクショナルデザイン基礎コース」になります。
中:つまり、研修企画者として、研修会社に依頼するための効果的なRFP(Request for Proposal)を書き、出てきた提案を選定するための判断能力を養うコースということですね。
堤:平たく言えばそういうことです。ではもうひとつの「教育効果測定の基本コース」で何を学ぶかというと、実施された研修が、事前に設定された学習目標や学習成果を達成できているのかどうかをどうやったら測定できるのかという方法論を学んでいきます。これは、人材育成マネジメント研究会の時代に提唱した人材育成業務プロセス(HRDサイクルモデル)に照らすと、サイクルの右半分が「インストラクショナルデザイン基礎コース」、左半分が「教育効果測定の基本コース」と言い換えることもできます。
Alueアカデミック対談

中:なるほど。
堤:もちろんこれが育成の成果にこだわるための方法論のすべてとは言いません。経営戦略を分析し、適切な学習目標や成果に落とし込むプロセスはかなり奥深いですから。ただ、ある程度学習させたい対象やテーマが適切に絞り込まれているという状況であれば、かなり精度の高い研修企画ができるようになる方法論が学べると思います。
中:お客様がこの方法論に基づいて研修会社を選定なさるとなると、我々も身が引き締まる思いです(笑)ただこの方法論が広まることにより、企業にとっても、受講者の皆様おひとりおひとりにとっても意義のある「育成の成果にこだわった」研修が増えていくことが我々の願いでもあります。一人でも多くの研修企画ご担当者様にこのセミナーをご受講いただきたいですね。
堤:皆様と一緒に探究できることを楽しみにしております。

中村俊介中村俊介(なかむらしゅんすけ)/アルー株式会社 企画広報グループ
東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒。国内大手損害保険会社で官公庁担当の営業職として従事したのち、創業間もないアルー株式会社に参画。営業マネージャーとして成長を牽引。数々の大手企業の育成体系の構築や組織変革プロジェクトの企画・実行支援を担当。その後新規事業の英会話事業ALUGOの立ち上げに従事したのち、納品責任者であるHRソリューション部長とインド現地法人の代表取締役を兼務し、東証マザーズ上場に貢献。現在は経営企画機能および広報機能をもつ企画広報グループに所属して経営特命案件に従事するほか、情報システムグループも統括。講師・ファシリテーターとしてはロジカルシンキングなどのビジネススキル系研修も得意としながら、チームの力を引き出す「システムコーチ」の有資格者として対話の場づくりにも精通する。組織とそこで働く人のありたい姿の実現に貢献するため日々活動している。著書:『ピラミッド構造で考える技術』