コラム : 奥寺康彦氏を迎えて~まずやる、できるまでやるの姿勢

2016年05月24日

kv0518

0518_15

世界最高峰のリーグ(1970年代当時)と言われたドイツのブンデスリーガで活躍した初めての日本人選手、奥寺康彦さん。今回は、弊社代表取締役社長 落合文四郎が奥寺さんをお迎えし、貴重なエピソードの数々を伺いました。

Jリーグ発足前の黎明期、日本サッカー界で道無き道を切り拓いていった奥寺さん。チャンスを掴むために必要なこととは何か、人生において何度も経験する岐路での決断法などについて、お考えを伺いました。お話の中には、弊社の業務内容や理念にも通底するエピソードも多数あり、落合と意気投合する場面が多く見られました。

サッカーと出会ってまず最初に覚えたのは忍耐力を育むことの重要性

Q:奥寺会長に伺います。どのような機会があってサッカーを始められたのですか?

【奥寺(敬称略・以下同)】今からもう50年以上も前になるのかな。父の仕事の関係で10歳の時に秋田から横浜に引っ越しましてね。当時は、野球や庭球や卓球やドッジボール、それに石蹴りなんかで遊んでいたので、サッカーを始めたのは中学に入ってからなんです。しかも、はじめは卓球部に入ったんだよ。

Q:卓球とサッカーと掛け持ちで活動されていたのですか?

【奥寺】いやいや。卓球部では、うさぎ跳びとか素振りとか、基礎体力づくりばかりでね。小学校の頃から大人に混じって練習していたから、すごく上手になっていてね(笑)。部活動でも即戦力だと思っていたのに、なかなかラケットに触れられなくて、「つまらないな」と(笑)。そんな時に、友だちから「一緒にサッカーをやらないか?」と誘われて、移ったんですよ。

Q:サッカー部ではいかがでしたか? すぐレギュラーに?

【奥寺】Jリーガーをはじめ、いまはサッカー選手っておしゃれでイケメンでしょ。でも、当時は、汚いわ臭いわ厳ついわ、で(笑)。しかも、結局こっちも基礎体力づくりが主体でね。夏の合宿なんて、足腰が立たなくなるくらいに走らされて、うさぎ跳びして。「なんて理不尽な競技なんだ」と思いました(笑)。

0518_3

Q:それでも、サッカー部を辞めなかったのは何故ですか?

【奥寺】顧問の先生が素晴らしい方だったんです。今で言えば、マネジメント力やリーダーシップを取るのに長けている先生でね。指導力と愛情を感じたのが、辞めなかった大きな理由かな。

Q:具体的には、どんな指導だったのでしょう?

【奥寺】やることは変わらないんですよ、とにかく走るだけだし(笑)。でも、うさぎ跳びひとつをとっても、体力任せでやればよいという感じではなくてね。忍耐力とか、どこまでなら我慢できるかとか、そんな「自分の限界」を学ぶような指導だったように思います。限界が分かると、仲間に頼ることも重要だ……そんなことも教わりましたね。

Q:よい指導者に出会ったわけですね。

【奥寺】そうですね。一人前にサッカーボールを蹴るためには、まず「やらなければいけないこと」があるんですよね。「やるべきこと」、これが大事なんだよね。もちろん、キツくて辞めていく人も大勢いたけど、「やるべきこと」を共有した仲間とは、自然と連帯意識が生まれる。一緒に試練を乗り越えるというのも、強力なチーム醸成の手法のひとつかもしれないね。

Q:落合社長、このお話は企業における人材育成にも通じますね。

【落合】そう思って聞いていました。奥寺会長が体感された「忍耐力」というのは、若手の育成の現場でも必ずぶつかる、とても重要なテーマのひとつです。

Q:具体的には、どんな場面でぶつかるのでしょう?

【落合】たとえば、新入社員研修に参加した新人は、まず「社会人になると分からないことが多いものだなあ」という意識が生まれます。これは、まあ当然ですよね。こうした疑問を解消する場のはずなのですが、次に「なぜ、今これをやる必要があるのだろう」と、意義についての疑問が生まれます。理屈で説明することは簡単なのですが、まず体感しなければ、本当の意味での理解は難しいんですね。


0518_4

コラム-テーマ別

レポート-テーマ別

グローバル人材育成、社員育成などのセミナー情報ページへ

英会話モバイルマンツーマントレーニングのALUGOページへ

海外派遣研修Discoverページへ
アルー株式会社facebookページへ
グローバル人材育成ALUGO BOOT CAMPページへ

「 奥寺康彦氏を迎えて~まずやる、できるまでやるの姿勢 」のトップへ